※この記事は2026年8月1日時点の情報をもとに書いています。
2026年8月、身近な食品がまた値上げされる。
帝国データバンクの調査によると、8月に予定されている飲食料品の値上げは1,898品目。
日清製粉ウェルナでは、パスタやパスタソース、冷凍食品など212品目を価格改定。
森永乳業でも、牛乳、飲料、ヨーグルト、デザートなど47品が対象になっている。
原材料だけではない。
包装資材、人件費、物流費、エネルギー費など、商売に必要なさまざまなコストが上がっている。
こうしたニュースが出るたびに、
「また値上げか」
「企業努力が足りない」
という声も出てくる。
でも、長く飲食店で働いてきた自分は、値上げそのものを悪として扱うことに違和感がある。
商売の基本は利益を出すこと
私たちは資本主義の中で生活している。
企業や店舗は、利益を出さなければ商売を続けられない。
それなのに、値上げをせず、利益を削りながら営業を続ける企業が「頑張っている会社」として紹介されることがある。
もちろん、価格を据え置こうと努力すること自体が悪いわけではない。
しかし、それだけを美談として扱ってしまうと、必要な値上げをした企業や店舗が、努力不足であるかのように見えてしまう。
利益を削って耐え続けることだけが、本当に企業努力なのだろうか。
約15年前、エビの仕入れ値が5倍以上になった
これは約15年前の話になる。
当時、昼の数量限定メニューとして、エビフライ定食を出していた。
それまで1尾100円ほどで仕入れていたエビが、500円を超えるようになった。
もちろん、500円を超えたからといって、すぐに定食が赤字になったわけではない。
まだ利益は出ていた。
それでも、「利益が残っているから、このまま続ければいい」とは思わなかった。
この流れのまま仕入れ値の上昇を吸収し続ければ、いつか店の首を絞めることになる。
そこで、社長にエビフライ定食を廃止したいと交渉した。
廃止が決まるまでの間は、限定10食だったものを5食に減らしたり、小鉢を外したりして対応した。
商売は、赤字になってから動くのでは遅い。
まだ利益が出ている段階で、何を残し、何をやめるのかを判断する必要がある。
私は価格をこまめに見直していた
当時の私は、価格を限界まで据え置いて、ある日突然大幅に上げるのではなく、必要に応じてこまめに見直していた。
その判断材料の一つとして、マクドナルドの定番商品の価格をよく見ていた。
マクドナルドの価格を、そのまま自分の店に当てはめていたわけではない。
企業規模も仕入れも広告力も、一般の飲食店とはまったく違う。
ただ、マクドナルドの定番商品の価格が動くと、外食価格に対する世間の感覚も少しずつ変わる。
私はそう考えていた。
価格改定があっても、すぐには追随しない。
2~3か月ほど客の反応や世間の空気を見てから、自分の店でも必要な価格改定をしていた。
場合によっては価格ではなく、量を少し調整することもあった。
今なら「実質値上げ」と受け取られる可能性もある。
だからこそ、価格、量、品質のどれを変えるのかは、客にどう見えるかも含めて慎重に考える必要がある。
それでも、限界まで価格を据え置き、現場に無理をさせた末に一気に値上げするより、店を継続できる価格へ段階的に直す方がいいと考えていた。
値上げを我慢したとき、犠牲になるのは誰か
利益が減っても、同じ利益を確保するために客数を増やせばいい。
そう考える人もいるかもしれない。
しかし、飲食店には席数という物理的な限界がある。
営業時間も、厨房で一度に作れる料理の数も限られている。
薄利多売を進めれば、店から余裕がなくなる。
客の滞在時間を制限したり、注文方法に細かなルールを設けたり、回転率を上げるための対応が必要になることもある。
それでも十分な利益が出なければ、削減しやすい人件費に目が向く。
スタッフを一人減らせば、残ったスタッフの仕事が増える。
ホールもキッチンも慌ただしくなり、料理の提供が遅れ、接客にも余裕がなくなる。
最初に負担を受けるのは従業員だが、その影響はやがて客にも届く。
値上げをしないことが、必ずしも従業員や客を守ることにはならない。
理由が分かることと、納得することは違う
とはいえ、客が値上げを喜ぶことはない。
「原材料や人件費が上がっているから仕方がない」
そう理解できても、納得できるとは限らない。
牛丼が500円近くになれば、
「あの頃は300円でお釣りが来たのに」
と思う人はいるだろう。
値上げする理由が分かることと、値上げに納得することは別だ。
実際、店で価格を変えたときも、反応は分かれた。
理解してくれる人もいれば、怒る人もいた。
ただ、私が働いていた店は、もともと安さだけを売りにする店ではなかった。
すべての客に選ばれようとして、無理な価格を続けるより、必要な価格と店の価値を理解してくれる客に選ばれることを重視していた。
本当の企業努力とは何だろう
値上げしただけで客が戻ってくるわけではない。
価格が上がれば、来なくなる客もいる。
だからこそ、値上げ後も選ばれる理由を作らなければならない。
商品を見直す。
接客を改善する。
働き方やオペレーションを変える。
その店でしか得られない経験を作る。
少し前なら「SNS映え」が特別な魅力になったが、今ではそれも珍しくない。
時代が変われば、客が店に求める価値も変わる。
必要な利益を確保したうえで、それでも客に選ばれる商品、サービス、経験を作る。
そして、値上げによって離れた客をもう一度呼び戻す。
それが本来の企業努力ではないかと、私は思う。
体力のある大企業ほど価格競争では有利になる
価格を抑え続ける競争になれば、資金力のある大企業が有利になる。
大企業なら、一定期間利益を削ってでも価格を維持できるかもしれない。
しかし、個人店や中小企業には同じことができない。
必要な値上げをした店が「高い」と批判され、価格を維持できる大企業だけが客を集める。
その状態が続けば、小さな店ほど先に消えていく。
安い価格は消費者にとってありがたい。
ただし、価格の安さだけで店を選び続けた結果、地域から個人店がなくなり、大企業しか残らない可能性もある。
値上げを悪と決めつける前に、その価格で誰が、どのように働いているのかも考える必要がある。
企業への不満と、政治への不信は分けて考えたい
生活が苦しくなると、目の前で価格を上げた企業や店舗に不満が向きやすい。
しかし、家計が苦しい原因を、すべて企業の値上げだけに求めていいのだろうか。
消費税や社会保険料をはじめ、国民の負担はさまざまな形で発生している。
私は、税金を払うこと自体よりも、その税金が何に、いくら使われ、最終的に生活へどう還元されたのかが見えにくいことに問題を感じている。
巨額の予算が発表されても、実際に何へ使われ、誰にどれだけ届いたのかが分かりにくい。
こうした状態が続けば、政治や税金の使われ方への不信感が強くなるのは当然だと思う。
ただし、企業の価格設定と税制の問題は分けて検証しなければならない。
企業が必要な価格改定をしたことだけを取り上げて悪者にしても、家計の苦しさは解決しない。
値上げを善悪ではなく、理由と価値で判断する
世界情勢、原材料費、人件費、物流費、エネルギー費。
これだけ多くのコストが上がっている以上、価格が変わること自体は、ある程度仕方がない。
もちろん、すべての値上げが正しいとは限らない。
十分な説明がない値上げや、品質を大きく落としながら分かりにくく価格だけを維持する方法には、疑問を持つ必要がある。
一方で、値上げをせずに利益を削り、従業員へ負担を押しつけることを「頑張っている」と美談にするのも違う。
大切なのは、値上げを善か悪かで判断することではない。
なぜ値上げするのか。
値上げ後も価格に見合う価値があるのか。
利益が従業員や設備、サービスの維持に使われているのか。
そこを見て判断するべきではないだろうか。
企業や店舗は、利益を出さなければ続かない。
必要な利益を確保し、従業員を守り、それでも客に選ばれる魅力を作る。
私は、それこそが本当の企業努力だと思っている。
参考資料
- 帝国データバンク「食品主要195社 価格改定動向調査―2026年7月」
- 日清製粉ウェルナ「家庭用製品の価格改定について」
- 森永乳業「一部商品価格改定のお知らせ」
※メーカーの価格改定率が、そのまま小売店や飲食店の販売価格に反映されるとは限りません。


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