マイケル・ジョーダンはなぜGOATといわれるのか?6度の優勝だけでは説明できない理由

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NBAについて話していると、必ず一度は出てくる言葉がある。

「GOAT」だ。

GOATとは「Greatest Of All Time」の頭文字を取った言葉で、日本語にすれば「史上最高」という意味になる。

NBAには、ビル・ラッセル、ウィルト・チェンバレン、カリーム・アブドゥル=ジャバー、マジック・ジョンソン、コービー・ブライアント、レブロン・ジェームズなど、時代を代表する選手が数多く存在する。

それでも、GOATの話になると今も必ず名前が挙がるのがマイケル・ジョーダンだ。

若いNBAファンの中には、ジョーダンの試合をリアルタイムで見たことがない人も多いと思う。

ハイライト映像を見れば、空中で体勢を変えるレイアップや豪快なダンクのすごさは分かる。

しかし、ジョーダンがなぜ今もGOATと呼ばれているのかは、ハイライトだけでは伝わりにくい。

ジョーダンが評価されている理由は、単に得点が多かったからでも、6回優勝したからでもない。

得点力、守備力、勝負どころの決定力、チームを優勝へ導いた実績、そしてNBAというリーグを世界へ広げた影響力。

そのすべてを、非常に高い水準で持っていたからだと思う。

※この記事は2026年8月2日時点の情報をもとにしています。

そもそもGOATに正解はあるのか

最初に断っておきたいのは、誰がGOATなのかを客観的に一人へ決めることは難しいということだ。

選手がプレーした時代によって、ルールも戦術も対戦相手も異なる。

優勝回数を最も重視するなら、11回優勝したビル・ラッセルが有力になる。

通算成績や長期間にわたる活躍を重視するなら、レブロン・ジェームズやカリーム・アブドゥル=ジャバーを選ぶ人もいる。

シュートによってバスケットボールの戦術そのものを変えたという意味では、ステフィン・カリーを評価する考え方もある。

つまり、GOATは単純な数字のランキングではない。

  • 最も高い頂点に到達した選手
  • 最も長く活躍した選手
  • 最も多く優勝した選手
  • バスケットボールを最も大きく変えた選手
  • 最も勝負強かった選手

何を重視するかによって答えは変わる。

それでも、多くの評価軸で最上位に入ってくるのがジョーダンだ。

6度の優勝と2度のスリーピート

ジョーダンはシカゴ・ブルズで6回優勝している。

1991年から1993年までの3連覇。

一度目の引退を挟み、1996年から1998年まで再び3連覇。

一つの優勝だけでも難しいNBAで、3連覇を二度達成した。

しかも、NBAファイナルへ進出した6回すべてで優勝し、その6回すべてでファイナルMVPに選ばれている。

「ファイナル6戦6勝」という実績は、ジョーダンのGOAT論で必ず使われる。

ただし、ここは少し冷静に見る必要もある。

ファイナルで負けていないことは確かだが、ジョーダンにもファイナルへ到達する前に敗退したシーズンはある。

若い頃には、ラリー・バード率いるボストン・セルティックスや、激しい守備で知られたデトロイト・ピストンズに何度も敗れた。

だから、「ファイナルで負けていないから、それだけでGOAT」と結論づけるのは少し乱暴だと思う。

重要なのは、敗北を経験したあとにチームを完成させ、一度頂点へ到達すると3連覇を二度成し遂げたことではないだろうか。

得点王10回。それでも得点だけの選手ではなかった

ジョーダンは、NBA記録となる10回の得点王を獲得している。

通算平均得点は30.1点。

1986-87シーズンには、平均37.1点を記録した。

これだけを見ると、ジョーダンは得点に特化した選手だったように見えるかもしれない。

しかし、ジョーダンの評価を得点だけで終わらせると、本当のすごさを半分しか見ていない。

ジョーダンは1987-88シーズンに、平均35.0得点を記録しながら最優秀守備選手賞も獲得している。

オールディフェンシブ・ファーストチームには9回選ばれた。

相手チームのエースを守りながら、自分は得点王になる。

現在でも、得点力と守備力の両方を最高水準で維持できる選手はほとんどいない。

ジョーダンは、攻撃で試合を支配するだけでなく、必要な場面では守備でも試合を決められる選手だった。

相手も分かっているのに止められない決定力

ジョーダンを語るうえで外せないのが、試合を決めきる決定力だ。

終盤にボールを持つことのできるスターは多い。

しかし、相手もジョーダンが打つと分かっている。それでも最後に決めてしまう。

この印象を積み重ねたことが、ジョーダンの特別な評価につながっている。

代表的なのが、1989年のクリーブランド・キャバリアーズ戦で決めた「The Shot」だ。

当時のプレーオフ1回戦は5試合制。

2勝2敗で迎えた最終第5戦、ブルズは残り3秒で1点負けていた。

負ければ、その時点でシーズン終了。

そこでジョーダンはボールを受け、クレイグ・イーローの上からブザーと同時にシュートを決めた。

これは、ただの逆転シュートではない。

試合だけでなく、シリーズそのものを終わらせた一投だった。

1997年のNBAファイナル第1戦でも、ユタ・ジャズを相手にブザービーターを決めている。

そして最も有名なのが、1998年のファイナル第6戦だ。

ブルズは試合終盤、ユタに1点負けていた。

ジョーダンはまず得点を決め、次の守備ではカール・マローンからボールを奪った。

そして最後はブライオン・ラッセルを前に決勝シュートを決め、ブルズへ6度目の優勝をもたらした。

残り5.2秒で決まったため、厳密にはブザービーターではない。

しかし、優勝を決める場面で、得点、スティール、決勝シュートを一人で続けてやった。

ジョーダンの決定力を象徴する場面だと思う。

ただし、ジョーダンが重要なシュートをすべて決めたわけではない。

失敗したこともある。

それでも次の勝負どころで再びボールを要求し、何度も結果を残した。

外さない選手だったのではない。

外したあとも、次の一本を打つ責任から逃げなかった選手だった。

自分で決めるだけが勝負強さではない

ジョーダンの勝負強さは、自分でシュートを打つことだけではなかった。

1997年のファイナル第6戦では、最後にスティーブ・カーが決勝シュートを決めている。

ジョーダンは、ユタが自分へダブルチームに来ることを予想し、カーに準備するよう伝えていた。

実際に守備が集まると、ジョーダンは無理にシュートを打たず、空いたカーへパスを出した。

自分が決めるべき場面では自分で決める。

相手が自分を止めるために守備を集めれば、空いた味方を使う。

「最後は必ず自分が打つ」ことと、「最後に正しい判断をする」ことは同じではない。

ジョーダンは、試合を終わらせるための正解を選ぶことができた。

当時は現在より接触が許されていた

若いファンへジョーダンのすごさを伝えるなら、当時と現在のルールの違いにも触れる必要がある。

ジョーダンが全盛期を過ごした時代は、現在よりも外側の選手に対する身体接触が許容されやすかった。

守備側が手や前腕を使って相手の進行方向を制限する「ハンドチェック」も、現在より広く認められていた。

ジョーダンがドライブすれば、ペイント内で大型選手から強い接触を受ける。

デトロイト・ピストンズは、ジョーダンを止めるために「ジョーダン・ルール」と呼ばれるほど激しい守備を行った。

簡単にリングまで行かせず、ドライブしてきたジョーダンへ複数人で身体を当てる。

その環境でジョーダンは得点を重ねた。

ただし、ここから「昔の方がすべて難しく、現在の選手は楽だ」と結論づけるのは違うと思う。

現在は、3ポイントシュートによってコートが広く使われ、守備のローテーションやスイッチも高度になった。

プレーの速度も上がり、攻守で広い範囲を動く必要がある。

昔と現在では、難しさの種類が違う。

その違いを無視して、どちらかの時代を一方的に下げる必要はない。

試合数はどう違うのか

レギュラーシーズンの試合数は、ジョーダンの全盛期も現在も基本的に82試合だ。

現在はNBAカップがあるが、グループ戦、準々決勝、準決勝は82試合の中に含まれている。

NBAカップ決勝だけはレギュラーシーズンに含まれないため、決勝進出チームは最大83試合を戦う。

また、現在はプレーイン・トーナメントがあるため、対象チームにはプレーオフ前に1試合または2試合が加わる可能性もある。

一方、ジョーダンの時代はプレーオフ1回戦が5試合制だった期間が長く、現在はすべてのラウンドが7試合制になっている。

そのため、ポストシーズンまで含めれば、現在の方が試合数が増えるケースはある。

ただし、ジョーダンの耐久性も見逃せない。

1986-87シーズンから3年連続で82試合すべてに出場している。

最初の3連覇を達成した3シーズンでも、レギュラーシーズンの欠場は合計6試合だった。

現在は医療、疲労管理、移動環境などが進歩している。

一方で、現代の選手は速い展開と広いスペースの中で、大きな運動量を求められる。

単純に「昔の方が過酷」「現在の方が試合数が多くて大変」と決めるのではなく、負担の内容が変化したと考えた方が正確だと思う。

ジョーダン一人で優勝したわけではない

ジョーダンをGOATとして語るとき、忘れてはいけない選手がいる。

スコッティ・ピッペンだ。

ピッペンは得点、パス、リバウンド、守備を高い水準でこなし、相手の複数のポジションを守ることができた。

2度目の3連覇には、歴代最高クラスのリバウンダーであるデニス・ロッドマンもいた。

トニー・クーコッチ、ホーレス・グラント、スティーブ・カーなど、それぞれの役割を果たした選手もいる。

そして、チームを率いたのはフィル・ジャクソンだった。

ジョーダンがどれほど強くても、一人だけで優勝したわけではない。

これはジョーダンの評価を下げる話ではない。

バスケットボールは5人で行う競技であり、歴代の優勝者にも優れた仲間がいる。

むしろジョーダンは、自分が大量に得点するだけでは優勝できないことを学び、優れた仲間と勝つための形を完成させた。

個人能力とチーム力は、どちらか一方ではない。

両方がそろったから、ブルズは王朝になった。

ジョーダンに優勝を阻まれたスターたち

ジョーダンの時代には、優勝できる実力を持ちながらリングへ届かなかったスターが数多くいた。

チャールズ・バークレー。

パトリック・ユーイング。

レジー・ミラー。

ジョン・ストックトンとカール・マローン。

特にユタ・ジャズは1997年と1998年に2年連続でファイナルへ進みながら、どちらもブルズに2勝4敗で敗れた。

ただし、1990年代のすべてをジョーダンが支配していたわけではない。

ジョーダンが一度目の引退をしていた間には、アキーム・オラジュワン率いるヒューストン・ロケッツが1994年と1995年に2連覇している。

ジョーダンがいなければ、ユタやニューヨークが簡単に優勝できたとは限らない。

あの時代には、ジョーダン以外にも強いチームと偉大な選手がいた。

その中で6回頂点に立ったことに価値がある。

NBAを世界へ広げた影響力

ジョーダンのGOAT論には、コート外の影響も含まれている。

ジョーダンのプレー、ナイキのエア・ジョーダン、映画『スペース・ジャム』、1992年バルセロナ五輪のドリームチーム。

それらが重なり、ジョーダンはバスケットボール選手の枠を超えた世界的な存在になった。

現在では、NBAの試合や選手の情報をインターネットですぐに見ることができる。

しかし、当時は現在ほど海外の試合を見る環境が整っていなかった。

それでも、世界中の人がジョーダンの名前と背番号23を知っていた。

ジョーダンはNBAで活躍しただけではない。

NBAというリーグそのものを世界へ広げた象徴でもある。

レブロンと比較すると何が見えるのか

現在、ジョーダンと最も頻繁に比較されるのはレブロン・ジェームズだろう。

レブロンには、長期間にわたってトップクラスを維持してきた実績がある。

得点だけでなく、パスやリバウンドでも試合を支配し、異なるチームを優勝へ導いてきた。

一方、ジョーダンには、最も高い位置まで登りつめた時期の完成度と、6回のファイナルですべて優勝した実績がある。

簡単に分けるなら、

長く積み重ねた偉大さを重視するならレブロン。
頂点に到達したときの支配力を重視するならジョーダン。

という見方もできる。

もちろん、これだけで二人を完全に比較できるわけではない。

時代もポジションもチームの作られ方も違う。

GOAT論は、どちらかを否定しなければ成立しない話ではない。

レブロンのすごさを認めたうえで、それでもジョーダンをGOATと考えることはできる。

それでもMJがGOATと呼ばれる理由

ジョーダンがGOATと呼ばれる理由は、一つではない。

  • 6度の優勝
  • 6度のファイナルMVP
  • 5度のシーズンMVP
  • 10度の得点王
  • 最優秀守備選手賞
  • 9度のオールディフェンシブ・ファーストチーム
  • 勝負どころで試合を終わらせる決定力
  • 二度の3連覇
  • NBAを世界へ広げた影響力

これだけの要素を同時に持っていた。

得点だけなら、ジョーダン以外にも偉大な選手はいる。

優勝回数だけなら、ジョーダンより多い選手もいる。

長く活躍した選手、優れたパサー、優れた守備者もいる。

しかし、得点、守備、優勝、決定力、スター性、文化的影響力をまとめて考えたとき、ジョーダンほどすべてがそろった選手は簡単には見つからない。

誰がGOATなのかに、全員が納得する唯一の答えはない。

それでも、ジョーダンを実際に見ていない若い世代が、

「なぜ今でもMJの名前が最初に出てくるのか」

と疑問に思ったとき、その答えは6回の優勝だけではない。

マイケル・ジョーダンは、個人として試合を支配し、仲間と王朝を作り、最後の一本を決め、NBAそのものを世界的な存在へ変えた。

だから、引退から長い年月が経った現在でも、GOATと呼ばれ続けているのだと思う。

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